麗過去編に戻る
01
「月曜日放課後」
【背景:中学校の教室】

後ろ窓際の席で窓の外を見る俊介。

俊介
(俺は退屈だった。それを紛らわしてくれるのが、この囲碁くらいなわけだが)

【SE:ピトッ】

俊介
(この囲碁も、今や碁会所の老人やおっさん達にも勝ち、退屈さが更に増してきているところだ。
今は無理を言って、友人の楓河と打っている)

【SE:ピトッピトッ】

楓河
「あーだめだ! 死んだ! 投了投了!!」
俊介
「ん?」
楓河
「だからお前とは打ちたく無かったんだ! もう、ダメ過ぎる!」
俊介
「そんなことは無い。右辺の打ち回しはかなり良い」
俊介
「ただ、いくつか守るのが遅れている
このタイミングで早めに守っておけば楓河にも勝機が……」
楓河
「わーってるよ!」
楓河
「っていうか、コレ9子局。俺だってそこそこ打てる気でいるけどな……」
楓河
「俊、お前……人間の領域超えてるよ」

【SE:バラッ……】

楓河、あげはまを盤上に置く。

俊介
「…………」
俊介
「気づいたか……。確かに」
俊介
「俺は闇の世界から来たからな……」←中学二年
楓河
「イイってそういう設定は! 聞き飽きたよ!」
楓河
「俺らの年齢で、俊くらい強かったら囲碁のプロになれんじゃねーの?」
俊介
「どうだろうな……。ただ俺も完璧ではない上、このゲームはやたら深く暗黒に満ちている」
俊介
「この世には、俺に対して9子置かせて勝つ者も存在するだろう」
楓河
「そいつぁとんだ化けもんだ」

【SE:ガタッ】

俊介
「ん?」

ドアの側で隠れるように立つ女の子。


「っ……!」

【SE:ぴちゃ……(水が滴る音)】

俊介
(誰だ? 見かけない子だな。同じ学校の制服は来てるが、低学年の奴か?)
楓河
「うわ、やっべー。俺そろそろ帰るわ。もうすぐ習い事が始まる時間だわ」
楓河
「悪いけど、片付け頼むな。んじゃ!」
俊介
「ああ、そうか」
楓河
「君もじゃぁね!」

「ひっ……!」

楓河、麗の横を通り過ぎる。
楓河
(……?? 俊介の知り合いとかじゃねーのかよ?)

【se:タッタッタッタッタ……】

俊介
(さて、俺も帰る準備をしよう)

【se:カチャカチャ】
碁石を片付ける。

【se:たったったった……】

麗が教室に入る。
ちょこんと友人が座ってた椅子に座る。

俊介
「ん?」
俊介
(なんだ?こいつは……。そんな所に座って。俺と対局でもしようというのだろうか?)

遠い目をして長い髪をイジる麗。

俊介
(髪は何故か洗った後の様に濡れている。
近くで見ると制服も湿っている様だ。
雨でも降っていただろうか? 外を見るが、それはない)

俊介
(とは言え、この教室には今俺とこいつだけだ……。そこに座った以上俺に何らかの用があると推測出来る)
俊介
(しかし、何もしゃべらない。なにか喋りにくい話である可能性か、ただ座っただけという単なる俺の勘違い……)
俊介
(何かきっかけがあればそれが分かるのだが……)

【se:ピトッ】
【se:スーッ】
俊介、碁石を片付けた後。
無言で黒石を星に置き、白石を向こうへと押す。


(……!)
俊介
(碁打ち意外よくわからない状況だろう。ただ、こうされては普通なら喋るか去るか行動を起こす。
話せるなら会話を繋げられる……)

【se:カチャリ……】
【se:ピトッ】
麗、白石を1つ取り恐る恐るといった具合に
白石を盤上の星へと置いた。

俊介
(なるほど、囲碁は知っていると……。
そして俺、もしくは楓河と打ちたかった。それだけの事か……)
俊介
(俺たちは共に無言で対局を続けた。話さずとも、盤上での「石の会話」は俺たちのみ聞こえていただろう。
「そうするなら、こちらから行きます」「そっちの地が欲しいのであれば、こちらの地を頂きますよ」そういった読み合いの会話を……)

【背景:暗転】
数分後。

俊介
(…………っ)
俊介
(ば、馬鹿な……! 負けてる!? 地合いが全然足りなくなってる……)
俊介
(た、確かに序盤の俺は硬く打ちすぎた。
ただそれは相手の碁力がよくわからなかったからだ。
圧勝してしまうのも気が引ける)
俊介
(いやいや、そんなの単なる言い訳だ。見た目からの相手への見くびり……俺が悪い)
俊介
(この碁力……ヨセをミスることもなかろう)
俊介
「投了だ。俺の負けだよ」

「あっ」

「あ、ありがとうございました……」
俊介
「ありがとうございました」
俊介
(……なんだ喋れるじゃないか)

【se:カチカチッ……】
俊介。碁石を片付ける。
麗、スクッっと椅子から立つ。
そして小さな声で話し出す。


「ありがと……」

「コレで……思い残す事は無いよ」
俊介
「そうか……」

【se:ダッ】
麗、ドアへと走る。

俊介
「……っ!」
俊介
(何故だろう。走り出したそいつを見た瞬間、
そいつとは「もう会えなくなってしまうかも知れない」と感じてしまった)
俊介
(そう思えば、「思い残す事は無い」などさながら死ぬ間際の言葉だ。
そいつも冗談で、単なる気まぐれで、そんなセリフが出ただけかも知れない)
俊介
(知れないというのに……!)
俊介
「待ってくれ!」

【se:ぴたっ】
麗が足を止める。

俊介
「また打ってくれ!」
俊介
「俺にはお前が必要だ!!」

【se:くるりっ】
振り返る麗。


(…………!)
俊介
(引き止めていた。この感情がどこから来たのかは、よくわからない。
多分こいつと「もう一度ちゃんと打ちたい!」ただそれだけの気持ちの高ぶりだったのだろう。
俺にはただそれだけのことだった)
俊介
(それだけのことだったが……)

「うっ……」
俊介
「……?」


「う…っ…う………うぅぐ…ぅぅ!」

俊介
(その子はその場で泣き出してしまった。
俺ときたら脳内はもうテンパっていただろう。
「何故泣かせてしまったのか?」
「変なことを言ってしまったのか?」
「どこか痛いところでもあったのか?」
意味が分からない)
俊介
「どうしたn(ry」
【se:ダッ】
麗、走り去る。

俊介
(声をかけようとすると、直ぐ様そいつはどこかへ走って行ってしまった。まるで猫の様だ)
俊介
(俺はその場に立ちつくすしかなかった)
俊介
(現実に起きた事かどうかも疑ってしまいそうなおかしな出来事だが、
並べられた盤面の石と、水で濡れた椅子の染みが、確かに存在したものだと物語っている)
俊介
(そして俺は、そいつが視界から見えなくなって思い直す。
変な奴だったなぁ……と)