宇沙子過去編に戻る
10
「もう10時、あいつと約束の時間ね」
日曜日。

ザァーーー……!
老人
「ひぃー、降ってきたのう……!」

運転手
「それではバスの方、出発いたします」
宇沙子
(雨……)

宇沙子
(そういえばもう10時、あいつと約束の時間ね。
流石にこの雨じゃ、無理だってわかるでしょう)

宇沙子
(こんな日にどこに出かけようって言うのよ。
むしろ無理だって気づくべきところね……)

宇沙子
(あいつも数分したら帰る……。それでいいのよそれで)

火葬場。

老人
「角田先生のカタミとして、碁石です。皆さんに回るには十分ございます。
お好きなだけお取りください」

老人が碁石を親戚などに差し出し、それそれ数子碁石を手に取っていく。

宇沙子の番になり、軽くひと握り手に取る。

黒石を6子、受け取った。
宇沙子
(角田先生……。先生には沢山の囲碁の勉強を教わったわ)

ギュッと碁石を握り締める。
宇沙子
(今まで、ありがとうございました……)

会食を済ませ、バスに乗り込み帰還する。
時刻は2時を指している。

ザザーー……!

宇沙子
(雨がひどくなってるわね……)
運転手
「雨の影響で、一部通行止めなっているようです。
少し大回りになりますが、別の道を通って戻ります」
老人
「ああ、わかった……」

ブーン……。
ザァーー……!

宇沙子
(……あ、知ってる町まで戻ってきたわね)

宇沙子
(ココは……? あら、あいつが言ってた公園じゃない……)

宇沙子
(銅像の下……)

宇沙子
(いやいや、何探してんのよ……。もういるわけないじゃない。
もうすぐ三時よ三時! 待ち合わせ時間から何時間たったと思ってるのよ)

宇沙子
(勝手に決められて、こっちは迷惑してるってのに……)

宇沙子
(でも、あいつなら……)

ブオーーー

宇沙子
(あいつなら……もしや……)

オーーー

宇沙子
(…………)

オォッ……!

銅像の脇から見える人影。

宇沙子
「…………っ!」

運転手
「えーと、ココを曲がれば……」

宇沙子
「運転手さん。止めてもらえる?」
運転手
「ん?」

キィー……カタン。

宇沙子
「皆さん、今日はありがとうございました!
私はココで、失礼します!」
老人
「あ? なんじゃ降りるのか?」

老人
「戻ったら少し話でもしたかったんだがのう……」
宇沙子
「すみません。また今度お話しましょう」

バッ。
傘を開く宇沙子。

タッタッタッタッタッタ……!
公園の銅像前まで、急いで向かう。

ザァーーー!
雨。

タッ……。
銅像の近くで足を止める宇沙子。

ぶさ男
「あ……! 宇沙子ちゃん」

宇沙子
「…………」

宇沙子
「あんた……今までずっと待ってたの?」

ぶさ男
「いえ、今来たところです……」
宇沙子
「それは恐ろしく大遅刻ね」

宇沙子
「こういうことはやめて、と言ったはずよ。
すごい迷惑なの……」

ぶさ男
「はい……」

宇沙子
「本当にあんたは待つのが好きなのね。
もっと時間を有効に使ったら?」
ぶさ男
「はい……」

宇沙子
「それ以前に、あんたは眼中にないって言ったわよ。
脈なしだとわかってる?」
ぶさ男
「はい……」

宇沙子
「いつまで付きまとう気よ……」

ぶさ男
「それでも……」

ぶさ男
「それでも、宇沙子ちゃんは来てくれました……」

ブサ男
「あなたはとても優しい方です……」
宇沙子
「……っ」

宇沙子
(優しい? ……ええ、そうよ。私は優しいわよ。
こんなやつ相手に、バスから降りてまで会いに来てやったわ……!)
宇沙子
「そんなの……」

宇沙子
(優しい? ……本当にそうかしら?
私はこいつに、優しく接してあげた事あったかしら……。
思えばヒドイ事ばかりしていたようだったわ。
そんな私が……)

宇沙子
「そんなに、私は優しい人間じゃないわよ!」
ぶさ男
「いえ、そんな事はないですよ……。
現に俺はこうして報われました」

ぶさ男
「宇沙子ちゃん。あなたが来てくれて、俺は本当に嬉しい……!」

宇沙子
「…………!」

宇沙子
(ま……毎回絵にならない顔をしてるわ……!
ニコニコ動画だったら『きめぇwww』コメントで満たされるところだわ……)
ぶさ男
「ぐっ……」

ふらっ……
ふらつくブサ男。
宇沙子
「!?」

宇沙子
「あんた、大丈夫? なんかフラついてるみたいだけど? 仮病?」
ぶさ男
「はい、すみません。大丈夫です」

ブサ男
「仮病ですよ仮病w ピンピンしてます!」
宇沙子
「……な、なによ。ビックリさせないでよねw」

宇沙子
(……。
本当に10時から雨の中ずっとココで待ってたのかしら?
そう考えればフラつきもするわね)

宇沙子
「そんなびしょ濡れのやつなんかと歩きたくないわよ。
今日は帰って、風呂にでも入って寝なさい!」
ぶさ男
「いえ、お気になさらず! 俺は本当大丈夫ですから!」
宇沙子
「いいから帰れ!」

ぶさ男
「いえ! どうかおねがいします!!
折角来てくださった宇沙子ちゃんの行為を無下に扱う事は出来ません!!」

ブサ男
「どうか……!! あなたのお役に立ちたい!
僕にできることなら何でもします!」
宇沙子
「ぶさ男……」

宇沙子
(今日は人通りも少ないし大丈夫よね……?)

宇沙子
「いいわよ……。そこまで言うならちょっと相手してやるわよ」
ぶさ男
「あ、ありがとうございます!」

宇沙子
「勘違いしないでよ。
ちょっと高額なアクセサリー買わさせるだけだから」
ぶさ男
「はい!」

宇沙子
「しかも、即質屋で売って現金にするだけだから」
ぶさ男
「はい!」

宇沙子
(……こいつ。それでも私なんかと付き合いたいのかしら?)
ぶさ男
「では、行きましょう!」

ブサ男
「短い時間ですが、よろしくお願いします!」

宇沙子
「はぁ……」
宇沙子
(全く……私じゃなかったら、悪用されるほどのお人好しね……)

パァーーン……!!
銃声。

宇沙子
「…………?」

宇沙子
(え? 何? 花火……?)

宇沙子
(結構ちか…………)

ふらつくぶさ男。

大きく傾くぶさ男。

倒れかかるぶさ男。

宇沙子
「…………え?」

ドサッ……。
完全に倒れているぶさ男。

ザァアアアアーーー!!
激しい雨音。

宇沙子
「……え? 何……? ぶさ男?」

ぴちゃっ。
宇沙子しゃがみこむ。

宇沙子
「ちょっとブサ男? どうしたのぶさ……」

宇沙子
「……血!?」

黒服男
「いやあ、危ないところでしたね」
宇沙子
「っ!?」

黒服男
「お嬢さん、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
黒服女
「大丈夫? 変な事されなかった?」
宇沙子
「え? ……え?」

ピッ

黒服男
「はい、こちら公園前。
例のブサイクの生き残りを駆除しました。はい」

黒服女
「危ないところだったわね。
どこかに連れ去られるところだったみたいね」

宇沙子
「……え? 連れ去る? 違う、私達はショッピングに……」
黒服女
「ああ、ちょっと混乱しているみたいね」

黒服女
「大丈夫よ。もう私達がいるから、心配しないで!」
宇沙子
「な、何言ってんの……?」


宇沙子
「あんた達、何言ってんの?」
黒服男
「落ち着いて!」

黒服男
「あのままだったらあなたは、あのブサイクにレイプされてましたよ。
むやみにブサイクに近づいてはいけません」
宇沙子
「……え?」

宇沙子
「あいつ……そういう経歴とかあったの?」
黒服女
「経歴? 何言ってるのかしら?」
黒服男
「だから、ブサイクはそういう生き物なんです!」

黒服男
「近づいたら危険なんです!」
宇沙子
「ち、ちがう……。違うわ。
あいつはそういうことする人間じゃない……」

宇沙子
「あいつは、レイプとかそんな事する人じゃない……!!」
黒服女
「ダメね。洗脳されてるわ!」
黒服男
「落ち着いて! ブサイクは人間じゃない!!」

ぶさ男
「ごぶっ……!!」
血を吐くぶさ男。
黒服女
「っ!?」

黒服男
「やばい! コイツまだ生きてるぞ……!!」

ジャコ……!
ぶさ男に銃口を向ける。

黒服男
「トドメを……!!」

宇沙子
「っ!!」

ブワッ!!
宇沙子から円形に飛び出る風圧。

黒服女
「っ!!」
黒服男
「なっ! ……なんだ!?」

ビュンッ!!
雨と共に吹き飛ばされる黒服たち。
黒服たち
「っ!?」

囲 碁 魔 法 !
角田先生の碁石が1つ消える。

宇沙子
「ぶさ男! しっかりしてぶさ男!!」

ぶさ男
「んくっ……う……宇沙子ちゃん……」
宇沙子
「よかった! まだ生きてたのね!!」

ぶさ男
「ははは……俺はどうしようもない、ダメなやつだ……」
宇沙子
「大丈夫! 大丈夫よ!!
すぐに救急車呼ぶから!!」

ピッピッピ!

救急隊員
「はいこちら、救急病棟です」
宇沙子
「け、怪我人です! 怪我人がいるんです!!
救急車を、公園まで救急車を!!」

救急隊員
「はい。確認しますので、『テレビ電話』に切り替えてください」
宇沙子
「え?」

ピッ!

宇沙子
「こう?」
救急隊員
「はい。あなたは大丈夫ですね。患者の方を撮して下さい」

宇沙子
「こんな感じよ!」
救急隊員
「いえ、傷口ではなく顔を撮して下さい」

宇沙子
「こ……こうかしら?」
救急隊員
「あっ……。そうですね……」

救急隊員
「大変申し訳ございませんが、ブサイクの救命は出来ません」
宇沙子
「はぁ……!?」

宇沙子
「何言ってんのよ……?
救いなさいよ!! 同じ人間でしょう!?」
救急隊員
「人間ってあなた……ソレはブサイクですよ……」

救急隊員
「冷やかしは、やめてください。
しつこい様だとあなたでも逮捕されますよ」
宇沙子
「な、なんでよ!? あんた頭おかしいんじゃないの!?」
救急隊員
「失礼します」

ガチャ……。
宇沙子
「ウソ?! もしもし! もしもし!?」

宇沙子
「ど、どうなってんのよ……!!」

宇沙子
「大丈夫他はあるわ……!!」
ピッピッピ!

医者
『え? ブサイク? やめてくださいよそういうのは〜!
家の病院に泥を塗る気ですか?』

医者
『あんたね、常識がなってないですよ。
ブサイクを救いたいだなんて、キチガイがいう事ですよ?
あなたが精神科に入院いたほうがいい』

医者
『いいですか? あなたもわかりやすいように説明しますよ?
あなたがやってる行動は、道で誰かに踏まれただろうゴキブリを
病院で治してって言ってる様なものです』

医者
『どっちがおかしいかわかるでしょ?』
ピッ。
電話を切る宇沙子。

宇沙子
「うっ……。もう嫌……!」

宇沙子
「どうなってんのよ……この世の中は……」ポロポロ

宇沙子
「どうして、ひと一人救えないのよ……。
どうして、誰も見向きもしないのよ……。
どうして、ブサイクだけ差別するのよ……!」

ぶさ男
「もういいよ……。宇沙子ちゃん。ありがとう……」
宇沙子
「……っ?」

ぶさ男
「なんだか凄く眠い……。まぶたが重い……。
このまま眠ってしまったら、多分……終わると思う……」
宇沙子
「いや……!! まだ起きてるのよ!!」

宇沙子
「あんたにはコレから! いろんなもの、奢らせる予定だったんだから!
こんなところで倒れてんじゃないわよ!!」

宇沙子
「絵になんないのよ!!
あんたが死んだって……絵になんないのよ!
ギャグにしかなんないのよ……!!」

宇沙子
「そうよ……。ギャグ漫画みたいにスッと生き返りなさいよ……!
ほら……撃たれたと思ったら、ポッケに手帳が入ってましたってやつ。
あれ、やりなさいよ……」

宇沙子
「あるでしょ……なにか……。あるんでしょ……」ポロポロ
ブサ男
「うさ……ちゃん……」

宇沙子
「私は、他人にそこまで愛されたことはなかったわ……!
みんな、見た目や成績だけで、私の事全然わかってなかった……」

宇沙子
「でもあんたは、ずっと私を気にかけてくれた……。
私が無視しようが、何しようがずっと気にかけてくれた……」

宇沙子
「ええ、それはウザいと思うことばかりだったわ……
でもそれは……あんたがブサイクだからってだけの最低な理由!
あんたがカッコよかったら、そんな事思わなかったんじゃないかって……」

宇沙子
「最低よ……私は……」

宇沙子
「そんなのあんまりよね……。
でも、今みんながそうしていて……
私があんたを助けたいと思って、やっとそれが理解できたなんて……!
そんなの遅いわよ……酷すぎるわよ……」

宇沙子
「ごめんなさい……! 気づいてあげれなくて……
本当にごめんなさい!!」ポロポロ

ぶさ男
「宇沙子ちゃん……泣かないでください……。
俺なんかのために……泣かないでください」

宇沙子
「ち、違うわよ……。さっき葬式があったから……
そっちの事で泣いてるのよ……!」
ぶさ男
「はは……。そっか」

ぶさ男
「ああ……。もう行ってくれて構わないよ。
こんな、醜いやつが死ぬところ……見たくないだろう?」
宇沙子
「そんな……!?」

ぶさ男
「宇沙子ちゃん……」

ぶさ男
「最後に会えた人が……こんな……。
誰にでも優しく出来る人で……よかった……」

宇沙子
「…………?」

肘を曲げ、弱々しく。
震える手を伸ばす。

ぶさ男
「あーあ……。してみたかったなぁ……デート……」

横に伝う涙。

ぶさ男
「俺は……俺はっ! ずっと……っと! ずっと……
うさ……っ……ちゃ……」

手が、パタリと落ちる。
ぶさ男が息を引き取った。

宇沙子
「うぅっ……ぶさ男……」

宇沙子
「ぶさ男…………」

過去回想。

出会った頃から、今まで。
ぶさ男との思い出が走馬灯の様に流れる。

ただ、見た目が悪いからという理由から避け。

ただ、見た目が悪いからという理由で約束を破り。

ただ、見た目が悪いからという理由で相手を悲しませる。

それを知った宇沙子は、今何を思うのだろう。

雨ははれ、夕焼けに染まった公園。

一人の女の子と、一人のブサイクを夕焼けが照らし続ける。